2012年5月19日
私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。ガラテヤ人への手紙 2章21節
⇒ キリストを信じるとは、キリストの死と復活が自分の罪と救いのためであることを告白して、すべてをキリストに委ねて従っていくことです。キリストの十字架の犠牲があなたにとって遠い出来事になっていませんか。仕事場で、家庭で、人々の中で、今日やることのひとつひとつに主の大きな犠牲と愛の赦しを感謝感激しながら丁寧に謙虚に自分中心な罪から離れて生きることが出来ますように。キリストの死を無意味にする1日にしたくありませんね。